普代石碑巡り10 〜大津波の教訓〜

撮影日 2017/07/11
撮影場所 普代水門
コメント 石碑巡りシリーズ

普代水門近くには、昭和59年5月18日の普代水門竣工を記念して建立された「津波防災之碑(つなみぼうさいのひ)」と、故 和村幸得 元普代村長の偉業を称えた「顕彰碑(けんしょうひ)」があります。

 

「津波防災之碑」の碑面の文字は、元内閣総理大臣 鈴木善幸 氏が書き下ろしたものになります。

裏面には、明治・昭和三陸大津波による普代村の被害状況が記録されており、当時の津波被害の甚大さを伺い知ることができます。

 

そしてもう一つ、「津波防災之碑」と並び建立されているのが、普代水門太田名部防潮堤、この二つの建設に尽力した故 和村幸得 元村長の偉業を称えた「顕彰碑」です。

当時、15メートル超の防潮施設建設を反対する住民に「二度あったことは三度あってはならないと」決して譲らす、15.5メートルの防潮施設を建設しました。

 

その理由、和村元村長が実際に目の当たりにした昭和三陸大津波。

後に著した回想録「貧乏との戦い四十年」では

阿鼻叫喚とはこのことか。堆積した土砂の中から死体を掘り起こしている所を見た時にはなんと申し上げてよいか、言葉も出なかった

と、当時の思いを綴っています。

自身の津波の経験と、これまでの明治・三陸大津波により多数の犠牲者がでたことを教訓に、防潮施設の高さを15メートル級にこだわった和村元村長。

その強い意志と信念が、東日本大震災の津波から普代村民を守り抜く結果となりました。

 

昭和62年4月30日、村長退任の挨拶の際、

村民のためと確信をもって始めた仕事は反対があっても説得をしてやり遂げてください。最後には理解してもらえる。これが私の置き土産です

と述べたそうです。


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